カネチコット州

喜びの数だけ喜びがある

継続は力なり(12月23日分)

彼女とデート。話の流れで、俺のSNS依存に話が行き、依存が高いことに文句を言われる。

他の女性と別格の扱いをされてるのに飽き足らず、こっちの精神活動に文句を言うとは何事だ!と俺が声を荒げる。彼女が不条理なキレなのでそれに対しての逆は正だ義憤だ。義憤は言い過ぎた。

例によって本当に伝えたいポイントは理解してもらえなかったが、彼女なりに事態を咀嚼して、仲直り。彼女に接する際には、完全な理解を求めるまでこだわるのでなく、彼らなりに納得してもらえるところをゴールと置く、と言うのを彼女と付き合うようになって学んだ。そしてこれは思いもよらぬ副産物だったのが、息子にも同じロジックで接することで、彼と俺の関係も良くなったことだ。

愛のある対象には、理解はさほど重要でないということなのか。人間は難しい。46歳にして初めて遭遇する感覚。